昭和の異世界か、地方再生の逆転劇か。2026年、なぜ旭川「高砂温泉」に若者と旅人が引き寄せられるのか

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昭和の異世界か、地方再生の逆転劇か。2026年、なぜ旭川「高砂温泉」に若者と旅人が引き寄せられるのか
昭和の異世界か、地方再生の逆転劇か。2026年、なぜ旭川「高砂温泉」に若者と旅人が引き寄せられるのか
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🎵 昭和の異世界か、地方再生の逆転劇か。2026年、なぜ旭川「高砂温泉」に若者と旅人が引き寄せられるのか

高砂 温泉の引き戸を引いた瞬間、2026年の現実が吹き飛ぶ。鼻腔をくすぐる硫黄とどこか懐かしいタイルの匂い。耳に飛び込んでくるのは、脱衣所から響く常連客の笑い声と、昭和後期で時が止まったかのようなインベーダーゲームのピコピコという電子音だ。旭川市街を見下ろす高台に建つこの施設は、全国の温浴施設がエネルギーコストの荒波に呑まれるいま、極めて特異な熱気を放ち続けている。

かつて「お風呂のデパート」と呼ばれ、時代の移り変わりとともに取り残されかけたこの場所。だが現在、高砂 温泉を訪れる客層のグラデーションは驚くほど多様だ。腰に手を当ててコーヒー牛乳を飲む地元のお年寄りのすぐ隣で、バックパックを背負った欧州の観光客と、スマートフォンをロッカーに放り込んだ東京の若手エンジニアが肩を並べて湯船に身を沈めている。一体ここで何が起きているのか。

「お風呂のデパート」が仕掛けた、常識破りの空間再生

館内に足を踏み入れると、まずその情報量の多さに圧倒される。昭和40年代の創業期から増改築を繰り返した迷宮のような廊下には、レトロな看板、古いジュークボックス、果ては巨大な恐竜のオブジェまでが平然と鎮座している。洗練された現代のモダンサウナやデザイナーズ銭湯とは対極の、いわば「純度100%のカオス」だ。

多くの温浴施設がリニューアルの際に選ぶのは、無駄を削ぎ落としたミニマリズムだ。しかし高砂温泉は真逆の道を突き進んだ。老朽化を隠すのではなく、施設が歩んできた時間の堆積そのものをエンターテインメントとして再定義したのだ。2020年代初頭の苦境期に敢行された大胆なクラウドファンディング以降、若き事業承継チームは「失われゆく昭和」を徹底的に磨き上げた。結果として生まれたのは、作られたレトロ風カフェでは決して再現できない、本物の時間の重みである。

エネルギー高騰の時代を生き抜く「湯守」たちの泥臭い現実

ノスタルジーに浸るだけでは、湯は沸かせない。ここ数年の地政学的リスクに伴う重油や電気代の乱高下は、全国の地方温泉地を容赦なく直撃した。特に冬場の冷え込みがマイナス20度を下回る旭川において、巨大な湯殿と迷路のような建物を維持する暖房コストは桁違いだ。

現場を支えるのは、テクノロジーの活用と泥臭い手仕事のハイブリッドだ。配管ごとの綿密な温度管理や排熱回収システムの最適化を進めつつ、最終的な湯加減の調整はスタッフが長年培った肌感覚に委ねられる。「機械の数値だけ見ていたら、この建物の温度差には勝てない」と現場のスタッフは苦笑する。徹底したコスト管理と職人的なメンテナンスの積み重ねが、この規格外のワンダーランドを水面下で支えている。

Z世代が求める「デジタルデトックス」と剥き出しの身体性

今、高砂温泉のロビーで目立つのは20代前半の若者たちだ。彼らにとって、ここに並ぶダイヤル式電話や骨董品のようなゲーム機は「懐かしいもの」ではなく、生まれて初めて目にする「オルタナティブな未来」として映る。

常時接続のSNSに疲れ果てた世代が、この場所で求めているのは完全なオフライン空間だ。多種多様な浴槽——天然ラジウム風呂、電気風呂、打たせ湯、そして近年サウナーたちの間で評価を確立した水風呂と外気浴スペース。湯と冷水の間を往復するうちに、過剰な情報に侵された脳が静かに冷やされていく。ある大学生は「ここに来ると、画面越しではない『生身の自分』に戻れる気がする」と語った。

ローカルと越境者が混ざり合う、脱・日常のコミュニティ

観光客向けのテーマパークに堕ちていない点も、この施設の魅力だ。夕暮れ時になれば、毎日の日課として通う近隣の高齢者たちが集まってくる。彼らにとってここは観光名所ではなく、血の通った生活インフラそのものだ。

サウナ室の薄暗がりの中で、雪かきの苦労をこぼす地元農家と、ワーケーションで訪れた都会のデザイナーが何気なく言葉を交わす。過疎化が進む地方都市において、世代や所属を超えた偶発的な対話が生まれる場所は極めて稀だ。高砂温泉は図らずも、湯気のベールを媒介にした現代のアゴラ(広場)として機能している。

2026年、ノスタルジー消費の先にある「持続可能な風呂文化」

「昭和レトロ」という言葉が一過性のブームとして消費され、陳腐化しつつある2026年の今、高砂温泉が提示しているのはその先にある持続可能性だ。単に古いものを並べて喜ぶ段階は終わり、それを地域の固有財産としてどう未来へ接続するかが問われている。

老朽化した給排水管の更新、耐震性の確保、後継スタッフの育成。課題を挙げればきりがない。それでも、この場所が発する生命力は衰える気配がない。消費されるだけの観光地ではなく、街の記憶を抱えた生きた建築として呼吸を続けているからだ。

湯上がりの冷気と旭川の夜景が教えてくれること

熱めの湯で火照った体を冷ますため、露天スペースに立つ。見下ろせば、盆地に広がる旭川の街明かりが静かに瞬いている。頬を撫でる北海道の風は鋭く冷たいが、体の芯に宿った熱は容易には逃げない。

効率と合理性が最優先される世の中で、無駄や歪さを抱えたまま堂々と存在し続ける高砂温泉。その暖簾を再びくぐって雪の降る駐車場へと歩き出すとき、訪れた誰もが実感するはずだ。私たちが本当に失いたくなかったものは、整然とした便利さの隙間にこそ残されているのだと。 (出典: 高砂 温泉(Yahoo!ニュース)

高砂 温泉
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